初版 近代医学の先駆者 三浦謹之助
林栄子
発行:叢文社
この版元の本一覧
四六判 396ページ 上製
定価:2,000円+税
ISBN978-4-7947-0673-7(4-7947-0673-1) C0095
近刊
奥付の初版発行年月:1111年01月
書店発売日:2011年12月01日

紹介

今、お手本にしたい人。「死ぬまで寸暇を惜しみ学問に身を捧げるのが学者の道だ」…86年の生涯を最先端医学の研究と後輩の指導に捧げ尽くした「志」はどこから生まれたのか?人物研究エキスパートの筆が紡ぎ出す「近代医学の原点・三浦謹之助」

目次

序 文 三浦恭定
はじめに―銅
一 三浦家の先祖
二 幼年時代
三 東京大学入学まで
四 東大の特待生
五 帝国大学医科大学付属病院勤務
六 有栖川宮親王の渡欧に随行
七 謹之助の私費留学
八 名門医家とのご縁
九 東京帝国大学病院に復帰
十 明治天皇陛下の御用掛(待医)
十一 東京帝大病院長
十二 アメリカ訪問
十三 関東大震災
十四 大正天皇のご用掛(侍医)
十五 謹之助の家庭での素顔
十六 脚気
十七 謹之助が診察した人や会った人
十八 謹之助と同世代に活躍した医師たち
十九 最後の勤務
二十 謹之助の病気
二十一 今、お手本に
関係資料
●謹之助ゆかりの地
/谷中霊園/東京同愛記念病院/東京都慰霊堂と復興記念館/東京大学/近況/終焉の地
●謹之助ゆかりの人々
/診察した陛下、皇后陛下/診察した総理大臣/見舞った人/診察した政府高官/診察した学者/知り合った役者/診察した役者・歌手/知り合った画家/親交のあった人/診察した財界人/同世代の医師
●謹之助の医学上の業績
留学中の研究発表/帰国後の研究発表/人類学ないし民族学の方面/順天堂関係
●謹之助年表

前書きなど

今、お手本にしたい人。「死ぬまで寸暇を惜しみ学問に身を捧げるのが学者の道だ」…86年の生涯を最先端医学の研究と後輩の指導に捧げ尽くした「志」はどこから生まれたのか?人物研究エキスパートの筆が紡ぎ出す「近代医学の原点・三浦謹之助」 福島県保原町に元治元年生誕。十三歳で上京し東大医学部をトップで卒業ヨーロッパに留学した謹之助は、世界の一流医学者に厳しい指導と温かい信頼を受ける。帰国後、明治天皇、大正天皇の侍医となり、昭和天皇の精神衛生のために生物学をすすめた。また、政官財の大御所の脈をとる一方で、下町の庶民にもわけへだてなく全力で診療にあたる。関東大震災や東京大空襲の際には、被災者の救済にかけめぐる。 晩年、足腰が弱るとリヤカーで登院し診療にあたった。八十六歳の身で夜半の往診に応じ、向かう途中でたおれ、生涯を閉じるまで医学のために生き抜いた男の素顔。 今、日本に必要なのはこの男の生き様ではないか―

版元から一言

明治天皇、大正天皇のお医者さんで、関東大震災の時には自宅を開放し診療にあたった三浦謹之助。今、お手本にすべき生涯を人物研究エキスパートの林栄子が描く。

著者プロフィール

林栄子(ハヤシエイコ)

1939年, 福島県生まれ. 国立国府台病院付属高等看護学院を卒業. 看護婦として約10年病院勤務. その後, 家族の介護と孫の育児に従事. 作家・大隈秀夫主宰の同人誌『初心』, 児童文学者で詩人の秋原秀夫主宰の『市川文芸』, 松井牧歌主宰の俳句誌『水路』を経て, 作家・祖田浩一編集の人物事典の執筆に参加. 主な著書に『ばあちゃんは霧の中痴呆老人の独り暮らし』(近代文藝社 1995)『みごと胎児にもどるまで認知症を生きる』(文芸社 2010) 現在, 「大衆文学研究会」「近代人物研究会」「よみうりこだまの会」「鹿島地区短歌会」会員.



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