ミスターバレーボール森田淳悟物語
森田 淳吾
発行:叢文社
この版元の本一覧
四六判 256ページ 並製
定価:1,500円+税
ISBN978-4-7947-0739-0 C0095
在庫あり
奥付の初版発行年月:2015年05月
書店発売日:2015年05月11日

紹介

メキシコオリンピック、銀。ミュンヘンオリンピック、金。日本中のメダルへの期待を背負い、一人時間差、ドライブサーブを生みだした森田淳悟の半生。松平監督、斉藤コーチのオリンピック直前㊙ノート公開。日本オリンピック委員会(JOC)会長、竹田恆和氏推薦。

目次

幼年時代
6人兄姉の末っ子として生まれる 中学時代
友だちを誘って陸上部をつくる

日大鶴ケ丘時代
初めてのスパイク練習で空振り
2年の夏に東京都選抜合宿に
3年の2月に全日本の合宿に参加

日体大時代
入学前に洗礼を浴びる
入学する前から全日本候補に
チェコへの前の強化合宿
チェコの世界選手権に出発
1年の秋のリーグでブロック賞
2年のヨーロッパ遠征
メキシコ前の全日本での練習
バレー人生を変えた〝プラハの春〟
3年で迎えたメキシコオリンピック
ドライブサーブを封印
一人時間差の誕生
ほとんど学校に行けなかった大学生活
4年では打倒中大に燃える
ひもじい食生活
遠征の楽しみ
中田先生と岩本マネージャー
最上級生になって
オンボロ合宿所生活
本命の来ない就活

日本鋼管時代
日本鋼管に入社
ミュンヘンに向けて
ミュンヘン前のトレーニング ミュンヘンの試合会場
いざミュンヘンへ
ミュンヘンオリンピック開幕
ミュンヘンの決勝
ミュンヘンを終えて
全日本を引退
ミュンヘン後の会社にて
全日本に復帰 日本鋼管を辞める

母校に帰る
日体大に研究助手として帰る
日体大の監督に
教え子たち
監督から総監督へ
ユニバーシアードの監督時代
ドリームチームで各地を回る
父とバレーボール
亡くなった女房のこと
子どもたち
いまの女房
ミュンヘンの会
唯一の趣味はゴルフ

最後に
今後のこと
現在のバレー界に
あとがき日本オリンピック委員会(JOC)会長竹田恆和

版元から一言

メダルの期待を背負った若者の心情が強く伝わってきます。

著者プロフィール

森田 淳吾(モリタ ジュンゴ)

1947 年北海道生。1970 年日本体育大学卒業。同年、日本鋼管に入社し、日本リーグで活躍。1981年に現役を引退。同年、日本体育大学バレーボール部コーチに就任。1983 年日本体育大学期限付助手となり、助手、講師、助教授を経て、2000 年に日本体育大学教授。2015 年、同大学を退官。選手として、メキシコオリンピックで銀メダル。ミュンヘンオリンピックで金メダルを獲得。指導者としては、日本体育大学男子バレーボール部の監督として全日本インカレ二連覇を含む4 回優勝。ユニバーシアードの監督を4 回務め、1993年のバッフアロー大会では日本チームを優勝に導いた。



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